
大学卒業(昭和57年)後、
京都の大手仏具商社に、家業の修行のために、3年半勤めました。
昔で言う、「丁稚奉公」です。
全国の小売店を相手に、商いをしていました。
その商社では「お香」は扱っていませんでしたが、
時々、京都市内の老舗お香メーカーへ出掛けることがありました。
地方の小売店からの
「少量の線香をメーカーに頼んであるから、ついでに御宅の荷物といっしょに送ってくれ。」
と、言う要望。
サービスの一環で、よくメーカーまで走ったものです(自動車で)。
ある時、そこで目に留まった「
香道教室」の貼り紙。
尋ねてみると、「一度休みの日に、遊びにおいでなさい。」とのこと。
早速、次の日曜日に、見学に伺いました。
その日の教室は「
志野流」という流儀。
もともと見学のつもりが、
「見てるだけではつまらないから、お入りなさい。」ということで、「体験」に。
銀閣寺の部屋を模したという和室(香室)で、「
香道体験」は、始まりました。
はじめてやって来た若者に、皆さんとても親切で、思いのほかリラックス。
10人程で、四角に並んで座ると、小さな香炉(写真のような物)が回ってきます。
数ミリ四方の小さな
香木が乗っていて、その香りを聞き(嗅ぎ)比べます。
つぎつぎと回ってくるので、どれとどれが同じか、はたまた違うかを当ます。
記紙という解答用紙に、思ったとおり答えを記入します。
そして、答え合わせをして採点。
厳かに進められますが、みんな楽しそうな雰囲気です。
久しぶりの正座に戸惑いましたが、楽にして良いとの事で「ほっ!」。
もちろん私は、ロー・スコアに終わりました。
実はこの時、先生を含めて行うこの「ゲーム」で、最高点は生徒さんのひとり。
私は内心「先生の立場が無いのでは!まずいことになった」と。
ところが、その先生「よかったね。おめでとう。」と、どこ吹く風。
わたしは、
「今日の優劣が客観的に決まる公平性」と、
それにもかかわらず
「楽しむことが第一というおおらかさ」に、
あっという間に
「
香道ファン」になってしまいました。
昭和59年のことです。